「利己」とか「潔癖」とか

7月に帯状疱疹で入院、退院後の通院も先日ようやく終わったものの、まだ少々痛みは残る中、仕事にゲーセンに(笑)とようやっと社会復帰できたのかなぁと思い始めたある日。とても暑い日の電車内でのこと。

それまで空席があった私の向かいの7人掛けは、ある駅で全席うまった。ここでは仮に、右端から20代くらいの女性(A)、次も20代くらいの女性(B)、今時の若者(C)、40代くらいの女性(D)‥とする。着席順はA、D、B、C。今時の若者Cくんが一番後であった。

←進行方向
  窓
____
●◇○○|ドア
DCBA|   こんな感じ。

ここでネタとさせてもらうにあたりAさんは以降登場しない。Bさんは後で出てくるけどほとんど関係しない。静かなるドラマは、今時の若者Cくんと、いかにも仕事できそうな40代くらいの女性・Dさんとの間におこる。

Dさんは着席するなり、即座に寝の体制に入る。いかにも仕事できそうなDさん、徹夜明けか睡眠不足か、理由はわからないがとにかく寝たかったようだ。

Cくんは着席するなり、メールか何かを見るのに携帯電話をいじりはじめる。今時の若者であるCくんの着席姿勢は、やや横柄に見えた。

誰にも経験はあると思うが、横で携帯電話なんかをいじられると、腕のわずかな動きが密着している隣の者としては非常に気になる場合がある。これは携帯電話に限らず新聞や雑誌などでも、席の窮屈具合などによってはかなり迷惑だったりする。しかし長時間じっとしていろというのも無理な話で、公共の乗り物であるんだし、多少の窮屈は我慢しよう、本や新聞を読む側も少しまわりに気を配ろう、という暗黙の了解のもと電車内の秩序は保たれている。表現は大袈裟だがそんなもんだと思う。

なんだけど、DさんはCくんの携帯いじりによる腕の動きが相当気になるらしい。Cくんの腕がちょっと動くと、Dさんは眉間に縦じわをクッキリ浮かべ、激しい憎悪の表情でCくんを睨み付けていた。この日はとても暑く、しかもここは弱冷房車だ。隣の人の上昇した体温が容易に伝わってくる。更に先に書いたとおりCくんはやや横柄な態度で座っている。私から見ても、これはCくんに問題があるように見えた。ホカホカな腕がごそごそ触れたりしたら、隣はいい気分ではなかろう。ひょっとしてCくん、ちょっと体臭もキツかったりして、とまで思った。というのも、Dさんの迷惑がり方が尋常ではなかったからだ。ちょっと動けば鬼の形相。Cくん相当嫌われている。

ついにDさんは肘うちにより、Cくんに無言の訴えをする。Cくんは「そんなにオーバーアクションはしてないと思うんだけどなぁ」と怪訝な表情を浮かべつつも、隣が迷惑がっているということに気づき、携帯電話の操作もやめ、両腕もなるべく前方に押し出す姿勢に移った。この所作からもわかるとおり、Cくん、今時だけど実は気弱な若者であった。最初は横柄に見えたけど、よく見りゃそうでもない。むしろ慎ましやかに見えてきた。そう彼は決して横柄な態度などとってはいなかったのである。ではなぜそう見えたのか?それは隣のDさんの、異常なまでの迷惑がり方が、彼を悪に見せていたのである。私の中の、この空間での善と悪が、次第に逆転していく。

Cくんが微動だにしなくなってからしばらくして、電車は停車駅に近づき減速する。CくんはDさんのいる方向に少し傾いてしまう。これはCくんとDさんに限った関係ではなく、座っている人一律にかかる負荷である。ブレーキがかかると進行方向に向かって傾いてしまうのは、これはもうどうしようもないことである。見ている私も傾いていた。しかし、ちょうどウトウトしかけたDさんは、減速が原因でほんのちょっともたれかかってしまったCくんめがけて二度目の肘うちをお見舞いする。Cくんもさすがにこれにはご立腹の様子だったが、若者だけど大人なのか気弱なだけか、黙っていた。そして一部始終を見ている私はここで、この空間での善と悪がハッキリ確定する。

いかにも仕事できそうな40代くらいの女性・Dさん、いくらなんでもワガママすぎる。Tシャツの袖がちょっと触れただけで猛激怒。いくら睡眠を妨げられるからといって、そりゃ理不尽じゃなかろうか。私の頭の中に「利己」とか「潔癖」とかいう言葉が駆けめぐる。そんなに寝たけりゃタクシーででも通勤すべきだ。エコノミーな場で、それはちょっと自己中心的すぎなのでは‥。あとCくん、当初悪者扱いして申し訳ない。キミは悪くない。きっと臭くもないよね(笑)

◆◆◆

と、ここまでで終わりだとよくある「街で見かけたムカつく話〜略してマムばな〜」(そうは略さないが)となってしまうが、それで終わりだったらわざわざこんな長文は書かない。このあと、それまで緊迫したこの空間は急激におもしろ度を増していく。

この電車は途中から地下鉄になる。外の景色は夜同然の暗さになるのである。周りが暗くなると寝付きやすくなる。そんなこんなで迷惑がってばかりいたDさんもすっかり熟睡のご様子。するとDさん、いつの間にかCくんにもたれかかっているのである。寝ている人が隣の人にもたれかかって掛ける負荷は、ブレーキの時の比ではないことは、容易に想像できるかと思う。この状況に、起きてるCくんも驚いていたようだ。
「さっきまではちょっと触れただけで激怒してたのになぁ〜。実はオレに気があるんじゃないの?イヤよイヤよも好きのうちってね、ぁニッヒッヒッヒ」

Cくんは今時の若者であるので、特に後半のようには思わなかったと思うが、向かいで見ていた私はオヤジなのでそう思っていた。冗談はともかく、Cくんにしてみればいい気分ではないだろう。うっとうしいとさんざん怒られて、その怒ってた人が今、相当うっとうしい。Cくんも呆れた表情を隠せない。私は微妙にニヤりつつ、やりきれないよなぁとCくんに大いに同情していた。実はこの後、反対隣のBさんも寝入ってしまい、Cくんは両隣から体重をのしかけられるハメに。BさんはCくんとDさんの険悪な関係に関与してないけど、その図が/C\こんな感じで、Cくんは大変だったろうけど私はすごくおもしろかった。

そして電車はあるターミナル駅に到着。多くの乗客が降車する。私の隣はガラッとあいた。寝ていたBさんはここで降りたが、CくんもDさんもここで降りる訳ではないようだ。人の動きの激しさにDさんは目を覚ます。Cくんはちょうどメールでも届いたのか、また携帯電話を操作していたところ。この態度にDさんの怒りは頂点に。「あなた何度言ったらわかるのよ!!」と言わんばかりの形相で席をたち、往復ビンタでもくらわすのかと思ったら、向かい側の私のひとつあけて隣にドカッと着席し、また寝に入ろうとしていた。

あんたさっきまでその彼によりそって寝てたんだよと、ニヤりを隠しきれない私。そして、Dさんが再び寝付かないうちに次の駅に到着、Cくんはここで降りていった。Dさん、別に席をかえなくても理想の環境はすぐ訪れたのにね、と思うともう我慢の限界の私。その次の駅が私の降車駅でホント助かった。

◆◆◆

公共の場で、どこまでが迷惑なのか、どこまで我慢すべきなのか。今回の例は極端だったけれど、そんな微妙な駆け引きについて考えさせられる出来事だった。たぶんDさんがもっと若かったら、あんまり事も荒立たなかったんだろうなぁ。というのは問題発言かな。というか別に荒立ってはいないのだが。